(前編)戒名は誰のもの?ー親族を送って考えた「自分らしい生き方・死に方」

プロローグ

2026年7月10日、いつも通り仕事場のコワーキングスペースでランチをとっていたところ、スマホに1本の電話がかかってきました。

電話は、箕面市にあるリハビリ専門病院からでした。親族の武内正彦さん(仮名)が入院している病院です。

「朝から急に具合が悪くなったので、来てもらえないでしょうか」

電話口の職員によると先月から肺炎にかかり、良くなったり悪くなったりを繰り返していたのが、今朝になり急激に悪化したとのこと。

「それって、危篤ということですか?」

「そうなんです。ひょっとすると今日か明日かもしれません」

「わかりました、すぐ行きます」

本稿は、ひょんなことから親族の喪主を務めることになった私が、故人を見送るなかで直面した実務や、そのとき感じたことを綴った記録です。

僧侶ではない私が戒名を考えることになった経緯と、実際にどのように考えていったのかを、具体的に紹介しながら書き残しておきたいと思います。

「自分らしく生きる」だけでなく、「自分らしく死ぬ」「自分らしく送られる」とはどういうことなのか。これから自分や大切な人の死について考える方にとって、何かしらのヒントになれば幸いです。

第1章 ひょんなことから葬儀を担うことに~人生初の喪主経験

病院に呼ばれお見舞いに駆けつけたところ、酸素マスクをつけていて息をするのも苦しそうな状態。意識は朦朧としており私が来たこともどこまでわかっていたのか定かではありませんでした。

「正彦さん、私!わかる?」

大きな声で呼びかけたところ、視線が合った気がしました。

看護師さんからは「急に具合が悪くなって…。つい最近まで元気だったんですけどね。毎朝、食後のコーヒーを楽しみにしていたんで、よくなってまたコーヒー飲んでもらえたらいいんですけど」

と声をかけてくれました。

私がいたところでできることはないので、「また来るね」と声をかけて帰宅。

お見舞いの後、1時間ほどして亡くなったという連絡がありました。

享年73歳でした。

見送った正彦さんとの関係

正彦さんの母親と私の祖母が姉妹で、私からは第五親等に当たる親族です。

続き柄としては遠いのですが、正彦さんのお母さんと祖母は仲が良く、住まいのあった大阪から実家の香川県までよく遊びに来ていました。いつも家族一緒に来ていたため、正彦さんとは幼い頃から面識はあったのですが、祖母と正彦さんのお母さんが他界してからは付き合いは薄れていました。

しかし年齢を重ねるうちに、正彦さんはよく病院に運ばれるようになったんですね。

独身で家族はおらず、足腰が弱く持病もあったため外で倒れることが多く、そのたびに身近な親類として迎えに呼ばれていました。

何度か迎えに行くうちに、大阪に私以外に身寄りがないことから、万一の連絡先として身元引受人の立場を担うように。

亡くなる二年前からは箕面市のリハビリ専門病院に入院し、家財も処分して病院に住民票を移していました。

亡くなってから知ったのですが、長年障害年金を受け取っており、ケースワーカーさんが自治体や病院の手続き、財産の管理までしてくれていたそうです。

法定相続人がいない葬儀

亡くなったからには、お葬式をしないと。

となったものの、私は身内じゃないので、どれだけ資産を残しているとか全然知らない状態でした。

ケースワーカーさんから、残されたお金は「だいたいこれくらい」というのは教えてもらえたのですが、私は法定相続人ではないため、そのまま受け取れるかどうかも定かではない状態でした。病院に入院する際、まとまった額の預かり金を病院に渡していたものの、そこから入院費や治療費を精算しないといけないので、どれくらい予算があるかわからないままお葬式をあげることになりました。

お葬式は病院に聞いた近くの葬儀会館に。

使える予算が正確にわからなかったことや、私以外に親族が出席するかもその時点で不明だったので一番安いプランに。お坊さんの手配もしませんでした。

お葬式の参列者、もしかすると私だけかも…と思っていたのですが、香川県から正彦さんの70代のいとこが2人来てくれることになりました。

葬儀では3人でお経を読んで見送ることに。

最後のお見舞いで聞いた、「コーヒー飲むのを楽しみにしていた」という話から、棺桶にはコーヒーのドリップパックを入れました。元気なときのお見舞いでは「入院していたらタバコも酒も無理だから、早く退院したいわ」と言ってたので、喫煙者のおじさんにショートホープを供えてもらい、末期の水も私が用意した日本酒で唇を潤しました。また、正彦さんが若いころにジャズが好きだったことを思い出し、私が持っているジャズのCDを葬儀場でかけてもらいました。

限られた中でもできることがあり、ほっとしたことを今でも覚えています。

火葬した後の遺骨は、正彦さんの家族の墓は香川県にあるため、おじさんにお願いして持って帰ってもらうことに。

危篤から葬儀の手配、親族への連絡など一気に押し寄せて混乱しそうになりながらも、なんとか火葬まで終えることができてひと安心したことを強く覚えています。

ちなみに、来てくれた70代の親戚は「電車に乗るのが10年ぶり」というおじさんたち。田舎は車社会なので、そういう人は珍しくはないものの、車で大阪まで出てくるというので、

「これ以上葬式できひんよ!新幹線で来て!」

と必死でお願いして、公共交通機関で来てもらいました。

このおじいちゃん二人のアテンドもこれだけで1冊本が書けそうなくらいの珍道中でしたが、これも終わってみたらいい思い出です。

第2章 なぜ私が戒名を考えたのか

で、ですね。

ここからが本題です。

お坊さんを呼ばなかったので、お葬式は戒名なしであげました。

しかし墓標に名を刻むのにやはり戒名は必要と思い、私がつけることに。

と言うと、

「戒名って、お坊さんがつけるもんじゃないの?」

と思われる人は多いと思うのですが(実際、そう聞かれることはすごく多かった)、実は僧侶以外がつけてもいいんですよね。

それは私はある出来事からこのことを知っていました。

ある出来事…というかもはやほぼ事件なのですが、「戒名は僧侶以外がつけてもよい」と知った経緯について、長くなりますが詳細を説明します。

ありえない「戒名の誤字」僧侶へのブチ切れ事件

2016年3月、夫の父が亡くなりました。

結論を先にいうと、そのさいに戒名で誤字があったんですよ。

ことの経緯はこうです。

夫の両親は二人とも地方出身で、周辺に親類がおらず菩提(ぼだい)寺もないため、お葬式では義母の親しい知人からお寺さんを紹介してもらいました。その知人が檀家(だんか)代表を務めているお寺です。

通夜の日に初めて会った僧侶は40代前半くらいの若い男性。奥さんの実家がお寺で、僧侶の資格をとって婿養子になったそうです。

通夜の前に、その僧侶に授けてもらった戒名について説明を受けました。

義父は生前、庭いじりが趣味でした。

園芸が好きだったこと、草木が芽吹く3月に亡くなったことから、戒名には「緑」という字を使いました…というお話でした。

で、そこまでならいいお話なんですが、この後が最悪だったんですよ。

お葬式で使われる位牌(いはい)は「白木位牌」という仮の位牌で、その後四十九日のタイミングで、仏壇にずっと置かれる「本位牌」に切り替えます。

本位牌はいろいろなタイプがありますが、義父の位牌は繰り出し位牌と呼ばれる、複数の板を収納するタイプでした。

かまぼこ板のような木片に僧侶が戒名を書くのですが、後日、書いて持ってきた位牌に誤字を発見。

「緑」という字が「縁」という字になっていました。

そのとき夫と義母もいましたが、私が先に気づいたので「これ間違ってないですか?」と聞いたんですよね。そしたら若い僧侶は絶句して頭のてっぺんまで真っ赤に…。

そこで「すみません、間違えました。書き直します」とでも言えばいいものの、

「緑と縁って、同じ字なんですよ。だからこれでいいんです」

と苦し紛れの言い訳をしたんですよ。

「はぁ?!」てなもんですよ。でもその言葉をグッとのみ込み、

「…そんなことないでしょう。別の字でしょう」と聞き返したのですが

「戒名の漢字は一般の字と違い特別なんです。僧侶のための戒名の辞書にもそうあるんです」

と弁明。あくまで「これで正しい」と認めない。

いやーいやいやいやいや。

んなわけないでしょう。偏(へん)と旁(つくり)が違うんだから、別の字に決まってますやんか。

と言っても、「戒名では同じなんです」と引かず。

あまりのことに、

「じゃあその僧侶の辞書を見せてくださいッ!」

と依頼したのですが、「それは一般の人には見せられない」と。

強弁を続けるので、私はこう言いました。

「わかりました。そこまで緑と縁が同じ字だとおっしゃるならば、次の法要までに私は調べます。もし同じ字という証拠があればお見せします」

と宣言したんですね。

ちなみにその僧侶、最後まで主張を曲げなかったわりには「でも、緑がいいんでしたら書き直します」と言いだすので、すぐに帰って書き直してもらいましたよ。

で、この僧侶、字がめっちゃ下手くそなんですね。

誤字とムチャな弁明にあまりに腹が立ったので、ついでにそれについても指摘しました。

「こんな字でよそでも戒名を書いてるんですか?練習してます?」

と。そうしたら「練習してます!」と声を裏返して反論するので

「でも毎日じゃないでしょう」と畳み掛けるとグッと詰まっていました。

いやほんとに字が下手クソすぎて…。

そこまでで私も相当頭にきていたので、ついでにこうも言いました。

「この字は毎日練習が必要なレベルですよ。独学で練習したつもりにならず、ちゃんと先生について教えてもらってください。いい字が何かもわかってないなら、書画集を見たり展覧会に行ったりして字を見てみる目も養ってくださいッ!こんな字じゃほかの檀家さんに失礼ですよ。でなけりゃうまい字の人に筆耕を頼んでください」

と。

ちなみに私の祖母は書道教室を開いていて、私も師範の手前までの段位を持っているため(子供だったので年齢制限で師範の資格はとれなかった)、字を見りゃどれくらいの練習量なのかわかります。そんなことわざわざ言いはしなかったけど。

で、すぐ書き直して持ってきてもらったら、次のは1文字目を上に書きすぎていて、札を入れ込むと隠れてしまうというしろもの。

「書き直した方がいいですか?」

と聞くので「当たり前でしょう!」と返すと、もう一度帰って新しいのを持ってきました。

とまあ、そんなことがありました。

そしてもちろん、宣言通り緑と縁が同じ字かどうかも調べましたよ。

もちろんそんなことはどんな辞書にも載っていない。大阪市立中央図書館と母校の大学図書館で、日本語の字典・辞典、漢和辞典の源流になる中国の康熙字典も調べたけど、あるわけない。字の成り立ちが違うんだから。

そしてその人が言ってた、僧侶のための戒名辞典とやらも探したけれども、私が行った図書館にはありませんでした。しかしそのとき、戒名についての本も探して読んだら「戒名は誰が考えてもいい」ということが書いてあったんですね。そこで初めて「ああ、お坊さんがつけなくてもいいんだ」と知ったわけです。

図書館では使えそうな資料は片っ端からコピー。「さあ来いッ」とばかりに次の法要に臨んだのですが、そこで驚くことが起こりました。

なんと別のお坊さんが来たのです。

「あれ、いつもの人はどうなさったんでしょう?」と聞くとなんか濁されたので、後日、檀家代表の知人に質問。その若い僧侶は離婚して家を出て僧侶もやめたとのこと。

「ええーー!!」

とびっくり。

ダンナからは「あんだけ強く言うたもんやから〜」と半笑いで言われましたよ。いやいや、どんな仕事だってクレーム受けたり叱責を受けることはあるでしょうよ。それでいちいち辞めてたらどんな仕事だって続かないよ…子どもじゃあるまいし。

と思ったけど、いずれにせよ辞めた理由は不明です。少なくとも向いてはなかったのでしょう。

そのにいちゃん、向いてる仕事を見つけて、別のお嬢さんと再婚して真の幸せをつかんでいることを願います。

戒名の価格について

とまあ、長くなりましたが「戒名は誰がつけてもいい」ということを、その「戒名誤字事件」で知ることになったのです。

そして戒名を私が考えることになった背景にはお金のこともあります。

のちほど述べる参考図書には、「仏教本来の考え方では、寺院が受け取る金品は全て「お布施」のため、戒名は売買の対象ではない、よって戒名料という呼称は用いない」という考えが仏教界にあると書いてあったのですが、ここではわかりやすく戒名料とします。

料金は字数や流派によって違いますが、10万円〜100万円、「格式が高い」と言われる戒名なら、以上とも言われています。

ただ、最近は戒名料という形式では渡さず、、通夜・告別式・初七日という法要一式で中に戒名料も組み込むというケースが多いようです。(私が聞いたところでは30~40万円くらい渡したとい話が多かったです)

何度も書いていますが、お葬式の時点で使える予算が不明だったことに加え、

「遠方で故人とほぼ付き合いのない菩提寺に、その金額を出してつけてもらうのは妥当か?」

という思いが強くありました。

加えて、あの過去の僧侶のミス。

僧侶に頼むありがたみが全然感じられなかったという出来事が強く影響していたこともあり、「戒名で不快な思いをする可能性があるなら、私が考えよう」と決心することに至ったのです。

第3章 戒名はこうつける

四十九日の手配と僧侶への連絡

火葬が終わった時点で、次に必要なことは四十九日法要と納骨式の手配でした。

納骨式までに墓標の名入れをしたかったので、「戒名を決める」「位牌札の用意」「名入れを頼む石材業者を発注」を同時並行でやりながら、法要の依頼をするため菩提寺の僧侶に連絡しました。

正彦さんの家と私の実家の菩提寺は同じなのですが、菩提寺は何度電話しても出ず。

しかし携帯電話に転送されるみたいで、日をまたいで4~5回電話したのち、折り返しの電話がかかってきました。

この僧侶とは後日大きな摩擦が生じるのですが、この時点で「?」と思うことがありました。

折り返しの電話があったとき、私が「今は外なので、5分後にかけ直していいですか?」と尋ねたところ、「5分後には電話出られません」とのお返事。

留守電には「四十九日の相談したい」と残したから、用件をわかっていて電話してきただろうに、5分しか時間がとれないって…。いろいろ話すことあるんですけど?

「いつ電話したら出ますか?」とあらためて尋ねると、「出られるときは出ますので、いつでもいいです」との回答。ビジネスアワー、生活パターンを知らないので「だいたいどれくらい?」と聞いても同じ返事を繰り返すだけ。

「そんなら夜中の2時3時にかけまっせ!」という言葉をのみ込み、その日の夜7時過ぎにかけたら出られました。

で、

「武内○○(正彦さんの父)の息子・正彦さんが亡くなり、大阪でお葬式を出した。四十九日と納骨式を墓のある香川でするので、法要をお願いしたい。つきましては日取りをおさえたい」

という旨と、まだ使える金額が不明で、おそらくそんなにないことなどもお伝えし、「戒名は私が考えるので、決まればお知らせします」ということも申し添えました。

「私が戒名を考える」と言うと、驚いた様子でしたが特に何も言われませんでした。

そして気になる四十九日のお布施についても、一応いくらか尋ねると「お気持ちで」というので、「じゃあ相場を教えてください」と尋ねてもやはり「お気持ち」と。

なんかさ、こちらだって僧侶にずば抜けたホスピタリティ感覚を求めているわけじゃないけど、少々コミュニケーション力に不安を覚えたため、今後はSMSでの連絡をお願いして初めての連絡が終了しました。

戒名を考えるために読んだ参考図書

戒名を考えるにあたっては、次の2冊の本を参考にしました。

「戒名は、自分で決める」島田裕巳・幻冬舎新書(2010年)

「戒名を自分で付けてもいいですか?」三浦尊明・青娥書房(2015年)

どちらも「戒名を考えたい人に向けた本」で、島田裕巳さんは宗教学者、三浦尊明さんは天台宗の僧侶です。島田裕巳さんの本は、戒名のつけ方のハウツーに加え、仏教界への問題提起が大半を占めていました。先述の「戒名料とはいわない」という情報も、島田さんの本によります。

そしてこの本を読んで初めて知ったのですが、仏教国で戒名をつけるのって日本だけなんだそう。

仏教国はタイやミャンマー、スリランカなどがありますが、出家した人がその証しとして僧名を受けることがあっても、一般人が死んだからといって戒名をつける制度はないそう。そもそもどの仏典にも戒名のことなど書いていないそうです。

「戒名は僧侶以外がつけてもいい」というよりも

「死んだら名前をつける戒名制度が仏教にない。だから戒名は僧侶がつけないといけないという根拠もない」

ということが正しい認識のようです。

戒名について調べると、どのサイトでもだいたい「仏教徒が亡くなったときにお釈迦様の弟子、つまり『仏弟子』となり極楽浄土に行くための新しい名前」というような説明があるのですが、仏典にはそんな記述はないそうです。

じゃあなぜ、戒名制度というものが日本で生まれたのか?

それはお寺にとって大事な収入源だからにほかならないからです。

寺院は明治時代、廃仏毀釈(きしゃく)と上知令(あげちれい)で土地を奪われ、次は戦後の農地解放で土地を手放さざるを得なくなりました。年貢、小作料が激減することで経済基盤は弱体化。そのため寺院は葬式を主な収入源とすることになり、その一つが、出家した人以外にも授けるようになった戒名料であるとのことです。

そして戒名の価格はバブル期に高騰します。

「貴重な収入源」というお寺の事情と、「立派な戒名で死後も威光を示したい」という故人・遺族の思惑が一致したことで、戒名料のインフレが起こったというような説明がありました。

そして戒名は字数が多くなればなるほど「格式が高い」とされ、金額も高くなるのが相場です。

で、ですね。

私だって子どもじゃないので、「戒名を考えてもらう」というサービス(と表現)そのものを、タダにしろとは言いません。

しかし、お坊さんが村一番のインテリだった時代ならいざしらず、今はそこまで情報格差や教育格差がある時代ではない。村の長老として村民のことを皆知っているわけでもない。間違いなく身内の方が故人のことをわかっていて、心をこめて考えられるというものに、10万円を超す料金は見合ってないと感じるんですよね。

それに加えて、亡くなった人(仏弟子という設定に)金銭でランクがつくという感覚は「それは釈迦の教えか?」と、心になじまないものを感じています。

私がつけた正彦さんの戒名

流派によって付け方は違うのですが、上から(院号)(道号)(戒名/法名)(位号)という順番です。

院号:「格式の高いあかし」とされ、かつては天皇や将軍家、大名しか使っていませんでした。今は生前、寺院に大きな貢献をした人(寄付が多いなど)につけられます。

道号:その人らしさが伝わるような、故人の性格、趣味、仕事、生前住んでいた場所などにちなんだ字を使います。

戒名:現世の名前(俗名)とは区別され、仏の世界における名前とされており、釈迦の弟子「仏弟子」のあかしとされる名です。俗名から一字とることが多いです。浄土真宗では「法名(ほうみょう)」、日蓮宗では「法号(ほうごう)」と呼びます。

位号(いごう): 末尾に付く、性別や年齢、信仰の深さなどを示す称号(信士・信女、居士・大姉など)です。

私がつけた正彦さんの戒名はこうです。

(ちくほうじしょうしんし)

(真言宗では、戒名の一番上に梵字が添えられます)

正彦さんの実家が竹林の山に近く、退院したら昔からなじみのある場所に住みたいと言っていたことや、優しい人柄だったことなどを戒名にこめています。

特に竹林のイメージについては、葬儀の日に来てくれた1人の親族から聞いたエピソードが元になりました。

「正彦くんの実家、春に行ったときに、家の近くの竹林でお父さんがたけのこを掘ってくれたんや。持って帰れって勧めてくれたけど、うちの裏にも竹山があって、たけのこはなんぼでも掘れるから断るんに苦労したんや」と笑い話をしてくれたことから、この字を使おうと思いました。

漢字という表意文字の特性を生かし、一瞥して本人らしさが伝わる字の選択と配列。声に出したときの読みやすさ。お経の中に組み込んでもリズムを取りやすいであろう音を考慮して作成しました。

戒名は4~5つほど候補を作り、最終的にはAIに確認して一つに決定。

死後の世界での安らぎを祈り、親族の思いに加え、ライター・コピーライターの仕事で培ったスキルを全部詰め込んで作成しました。

第4章 有名人の戒名

ここで、参考までに有名人の戒名をご紹介します。

有名人の戒名あれこれ

美輪明宏

紫雲院芳心唱永日宏居士(しうんいんほうしんしょうえいじこうこじ)

2026年6月20日に91歳で亡くなった美輪明宏さん。気高い心で歌い上げる…という生前の生き方が反映されています。宏は本名の明宏から。日蓮宗では戒名に「日」の字を入れるため、同宗派だった美輪さんの戒名にも使われています。

志村けん

瑞心院喜山健徳居士(ずいしんいんきざんけんとくこじ)

喜劇人として生きた人生、そして人を喜ばせ続けたあり方が道号になっているようです。戒名は初期の芸名「健」と本名の「康徳」からとった字が組み合わされています。

美空ひばり

慈唱院美空日和清大姉(じしょういんみそらひよりせいだいし)

戦後を代表する歌手の美空ひばりさん。こちらにも職業を反映した「唱」の字が使われています。亡くなったのは1989年でバブル絶頂期。院号と居士・大姉の位号をつけるのはもっとも位が高く、お布施も高額といわれているため、この戒名には1,000万以上かかったといううわさもあります。

手塚治虫

伯藝院殿覚圓蟲聖大居士(はくげいいんどんかくえんちゅうせいだいこじ)

手塚治虫さんの本名は「治」。しかし虫が好きだったことから、虫という字を添えてペンネームにしたというエピソードは有名です。その思いが戒名にも反映されていることに故人らしさを感じます。ちなみに戒名に使われる漢字は、なんでもいいわけではありません。生き物なら、鶴や亀など縁起のいい動物、鹿、龍など神の使いとされる聖獣はOKですが、「虫」を使うことはまずありません。しかしこの「蟲」一文字に本人らしさ、職業人としての誇りも詰まっていると感じ、強いインパクトを残します。

西城秀樹

修音院釋秀樹(しゅうおんいんしゃくひでき)

浄土真宗では、戒名のことを法名(ほうみょう)と呼びます。字の構成は基本的には「釋〇〇(しゃく〇〇)」という3文字(女性の場合は「釋尼〇〇(しゃくに〇〇)」の場合も)。修は父親の字から、音はいうまでもなく音楽に生きた人生から。法名は親しまれた芸名をそのまま反映しています。

僧侶以外がつけたケース

ここでは僧侶以外の人がつけた戒名を紹介します。

森鷗外

森鷗外は、母・峰子と、友人でドイツ文学者の上田敏の戒名をつけたという記録があります。

峰子には「硯山院峰雲谿水大師(けんざんいんほううんけいすいだいし)」、上田敏には「含章院敏誉柳邨居士(がんしょういんびんよりゅうそんこじ)」という戒名。いずれも文豪らしい格調高い戒名です。

幸田露伴

作家・幸田露伴は友人の文学者・斎藤緑雨から生前から戒名を頼まれていたといいます。与謝野鉄幹らと火葬場に向かうさいに「春暁院緑雨醒客(しゅんぎょういんりょくう すいかく)」という戒名を考えたそうです。

宮脇俊三

紀行作家で、鉄道に関する著作が多かった宮脇俊三は、妻と娘がつけたといわれています。戒名は「鉄道院周遊俊妙居士(てつどういんしゅうゆうしゅんみょうこじ)」です。

山田風太郎

忍者小説で有名な作家・山田風太郎は、生前に自分で戒名を用意していました。

「風々院風々風々居士(ふうふういんふうふうふうふうこじ)」。

代表作の甲賀忍法帖シリーズを読んだことありますが、登場人物が人間離れした技で奇想天外な戦いを繰り広げる娯楽小説です。突飛だけれども緻密なロジックと、ひょうひょうとした語り口が魅力。作風そのままに「人をくった感じ」が戒名にも表れていてシビレます。読んでリズムがいいのも文体を彷彿とさせます。

立派な戒名にしたい人には注意が必要!

これまで紹介した有名人の戒名は、すべて院号がついています。しかしもし身内の戒名で院号をつけたいとなっても、それまでに院号をつけていなければ、自分の代でつけることには慎重になったほうがいいかもしれません。

なぜなら、院号をつけると戒名料が高額になるだけでなく、以降の法事(年季法要、お盆やお彼岸等)のお布施も合わせて上がることが一般的だからです。

こういう言い方はあれですけど、菩提寺との付き合いは買い切りではなくサブスク。一度ランクを上げると後々にも反映しますので、戒名を考えるさいは、頼むにしろ自分で用意するにしろ、今後のことも考えて家族と相談することをお薦めします。

また、自分で戒名を考えた場合、今は「エンディングノート」に記している人も多いそうです。

位牌も墓標もネットで注文

こうして正彦さんの戒名が決まったことで、位牌札の発注と墓標の名入れも手配しました。

位牌札はアマゾンで注文。アマゾン、なんでも売っててほんとに便利…。

戒名と板のサイズを伝えると、1週間もしないうちに届きました。

墓標の名入れについては、ネットで香川県内の石材業者を検索して、価格とサービスに納得できる石材店にお願いしました。

四十九日の1週間前には菩提寺に連絡してリマインド。

間違いがないよう、当日に必要と思われる正彦さんの生年月日や命日、戒名の字と読み方を併せてSMSで伝えました。

長くなったので続きます。

この記事を書いた人

武内みどり