第5章 四十九日に菩提寺との間に起きたこと
さてそんなこんなで迎えた四十九日。仏教では死後49日間は「中陰(ちゅういん)」と呼ばれ、故人の魂があの世へ旅立つまでの期間とされています。7日ごとに裁きを受け、49日目に最終的な行き先(来世)が決まるということです。
四十九日とはいえ、今は参列者が集まりやすいよう、近い日の週末に行うことが一般的です。
四十九日より先でもいいのか、後でもいいのか、これは宗派によって「前倒しNG」「後ろ倒しNG」など違いがあります。
ちなみにうちの菩提寺は、確認したら「別にいつでもいい」ということでした。
四十九日の法要は私の実家で行いました。
参列者は、私と母、妹、葬儀に駆けつけてくれた二人の親戚という5人です。
僧侶は、先代とは面識があったのですが、現僧侶とは初対面でした。
で、儀式に先立って、私が「竹峯慈正信士」の名前の由来をみなさんの前で説明しました。
特に竹林のエピソードは、この日に参列してくれた親族から聞いた話なので「私だけでなくみんなの思いもくみ取りました」ということも一緒にお伝えしたんですね。
一通り説明が終わると、それまで黙っていた住職が私にこう尋ねました。
「あなたには僧侶の資格があるのでしょうか」
と。
私は「はあ?」と思いつつ
「ないですけど?」
と答えたところ、
「戒名は僧侶がつけるものであって、資格のない一般の人がつけていいものではない。普通はお葬式のさいに僧侶がつけるものなんです。お葬式はどうしたんですか?」
「ここにいる3人でお経を読んで見送りました」
「じゃあ葬儀の作法もしていないということですね。戒名はこれで認めましょう。今日は告別式の作法と四十九日の法要を一緒に行います」
そこで、あらためて正彦さんのフルネームや命日などを全部聞かれ、法要が始まりました。聞かれたことは全部事前に伝えていたにもかかわらず…。
厳かな儀式が執り行われましたが、静かな法要の間じゅう、私の心はモヤモヤと怒りで今にも爆発しそうに。
正彦さんが亡くなったときの事情は伝えていたのに、今さら「あなたは間違っている」と一方的に断じたこと。
間違っているならいるで、事前に伝えるタイミングはいくらでもあったのに、わざわざ一族がいる前で言うやり方。
そこには「恥をかかせてやろう」という住職の思惑が見て取れて、心から不愉快になりました。もしそんな意図はなく、これが相手に失礼な対応だとわからず発言したならば、それはそれで別の意味で人間性に疑問を感じるところ。
「あなたは間違っている」と一方的に言われて、私一人だけなら
「そういう建て付けかもしれませんが、戒名をつけるのは僧侶だけではないですよね?そう書いてある本がここにありますけど?」「っていうか、そう思うんなら帰ってもらって結構ですけど」と言えたけれど、親族にもわざわざ来てもらっていた手前そうも言えず…。
モヤモヤしたまま読経の後にお布施を渡しましたが、用意していた5万円から2万抜いてやろうかと本気で思いました。(後日友人にこの話をしたら「葉っぱでも入れたったらええねん!」って言われました。ほんまそれ!)
その後、墓地に行って納骨し、納骨式の後は解散。
おとき(食事)は用意しないと伝えていたので、僧侶はそこで帰っていきました。
と、そこで必要な儀式は全て終わりましたが、私の気持ちはおさまりません。
あまりにも腹が立ったので、2日後にこうメールしました。
「お世話になります。○○町の武内です。
先日の四十九日法要、納骨式ではお世話になりました。
ただ、法要の際に戒名について「僧職以外はつけられない」という趣旨の発言があったことについて、私は今も非常に残念に思っています。
私が戒名を考えることになった経緯については、事前に口頭でお伝えしたと記憶しています。
ただ、もしその内容を覚えておられなかったとしても、当日までに私に確認したり、ご自身の考えを事前に伝えたりする機会や方法はいくらでもあったのではないでしょうか。
故人には法定相続人がおらず、葬儀の段階では費用にどこまで充てられるかもわからない状況でした。そのため、さまざまな事情を考えた上で、私が戒名を考えることにしました。
葬儀は大阪にて、僧侶をお呼びせずに行いましたが、四十九日に列席した親族も葬儀に関わっているため今回の事情を理解しています。
私一人の判断で勝手に進めたのではなく、遠方より参列した親族と協力し、限られた状況の中で故人のためできる限り心を尽くして葬儀を行ったつもりです。
もし寺として、私が考えた戒名を正式なものとして扱えないという考えがあるのであれば、そのことは事前に個別にお話しいただくことができたはずです。
にもかかわらず、親族が列席している法要の場で、あのような形で発言されたことは、私にとって非常に屈辱的でした。
私は、戒名に関する宗教上の見解について争いたいわけではありません。
ただ、故人を送るためにできる限りのことをしてきた私に対して、なぜ事情を確認することもなく、親族の前であのような発言をされたのか。
その点について、ご説明をいただきたいと思っています。」
返事はこちら。
「先日はようこそお勤めなさいました。
ご戒名に関してはあの場でお話しさせていただいた通り、僧職が差し上げるものであり一般の方がお付けするものではございません。このことをご理解いただくためのお話でした。
またお寺としては正式なご戒名としてお参りさせていただきましたのでご安心くださいませ。
上記ご回答申し上げます。」
やはりというか、論点をずらした回答。私はこう返事を送りました。
「ご回答ありがとうございます。
ご住職のお考えについては理解しました。
ただ、私の先ほどのメールで 「戒名に関する宗教上の見解について争いたいわけではありません。」 とお伝えしております。
つまりお尋ねしたのは、戒名に関する宗教上の考え方そのものではありません。
事前にこちらの事情を説明し、お寺の考えを伝えていただく機会もあったにもかかわらず、なぜ親族が列席する法要の場で、あのような形でお話しされたのかという点について質問し、ご説明を求めたのです。
その点については、今回の返信でご説明いただけなかったと受け止めています。
また、「お寺としては正式なご戒名としてお参りさせていただきました」とのお言葉についても、私が問題にしている点とは異なります。
質問とは異なる論点にすり替えたご回答と受け止めていますので、この件についてこれ以上やり取りするつもりはありません。
今回、私が感じたこと、考えていることについては、すでにお伝えしました。
ご回答ありがとうございました。」
1通目を送る時点で、ラリーは1ターンまでと考えていたのでこれにて終わらせました。
非常に後味の悪い法要でした。
妹とは、「母が亡くなってもあのおっさんには頼まんとこ!」と決定。
妹も私も他県に嫁いでいるので、母が亡くなってからは手元供養にすることを考えており、墓じまいと仏壇の処分を予定しています。
軋轢の後に考えた「最適解」とは
で、ですね。
「どうするのが最適解だったのだろうか?」と考えたんですよ。
私が抑えるべきポイントは2つあったと思います。
1.僧侶の顔を立てる
一つは、こちらが戒名を考えるとしても、「こう考えたことを提案したい」と、あくまで「僧侶が考えた」という建前を保つ。
「差し出がましいと重々承知しておりますが、故人への思いを親族一同で戒名という形に託しております。ご住職のお考えもあるかと思いますが、ご採用いただけると親族一同うれしく思います」などと下手に出て、あくまで相手を立てる。
あの場にいた妹からは「姉が仕切ったことも腹が立ったんじゃない?」という指摘も。おっさん…いや、住職の家や寺やったらMCやんないよ?ゲストだから。自分ちの人間が仕切って何が悪いんじゃあ!と思ったけど後の祭り。また、世代によっては「人と人とは対等だ」という、令和で当たり前の感覚が身についてない人もいるため、それもあるかもという推測もしました。
2.金で解決
全額でなくてもある程度払うことで、問題はだいぶ回避できたと思います。
結局は金…とは言いませんが、こちらの誠意を形にするにはこれがベストだと思います。
戒名の意味とは
あとでわかったことですが、真言宗の葬式とは以下のような意味だそうです。
真言宗では、葬儀の際に「授戒」と「灌頂」という作法を中心とした「引導作法」を行います。「授戒」とは、故人さまに仏様と成るための戒めを授けることで、この戒めを授かった証しとして「戒名」が贈られます。次に「灌頂」とは、弘法大師様が密教を授かった際に行われた作法であり、この作法によって、故人さまは大日如来様と一体になる功徳を授かります。これを真言宗では「即身成仏」といいます。この時に導師は、様々な真言や印を用いて、自らも大日如来様の化身となって故人さまをお導きします。
(以上、「イオンのお葬式」サイトより)
真言宗では僧侶が大日如来の化身になるということです。
そういう設定なら、無資格の人間が戒名を考えるのは気分を害されるのも納得はいきます。その世界観ならば、私の対応は無神経に映ったのでしょう。
しかしながら私の無知を問題とするならば、「真言宗ではこう考えます」と教え諭すのが、僧侶としての役割ではないでしょうか。ある意味、檀家が理解を深めるせっかくの貴重なチャンスをふいにしたのではと思います。
少なくとも今回の件で、いろいろな意味で菩提寺を「信用できない」と思い、「今後はやるにしても別の寺でお願いしたい」とすら思いました。
この設定、先に知ってたら「大日如来を名乗るんなら大日如来らしくすれば?」くらいの憎まれ口をたたきたかったです。
第6章 それでも、戒名を考えたことには意味があった
ここまで面白おかしく書いた部分もありますが、いかなる宗教も信仰も揶揄するつもりは一切ありません。
そしてこれは強く言いたいことですが、「坊主なんていいかげんなものだ」などとも決して思っておりません。
現在、仏教の僧侶の数は359,390人だそうです(データは令和7年12月文化庁)。私が不快な思いをしたのはたった2人。
何より、仕事で出会ったお坊様で、尊敬できる方が何人もいらっしゃるので、そのN=2のお坊さんは例外だと思いたい。
…がしかし、尊敬するお坊さんに出会っていたからこそ、プライベートで知ったお坊さんの、人間性への失望感も大きかったのかもしれないとも思います。
あと、この一連の出来事を通じて後で思ったことがあります。
「戒名は誰がつけてもいい。過去には前例もある」というのはわかった。しかし「みんな快く菩提寺が受け付けた」かどうかまでは定かではない、ということ。
森鷗外のエピソードを披露しましたが「もしかすると菩提寺の住職と、どつきあいのケンカの末に決まった戒名かもしれん」と後で思いました。(実際はそんなことないようです、念のため!)
ともあれ、結論として言いたいのは
「戒名の名付けは僧侶の専売特許という根拠はないが、勝手につけるともめる可能性がある。しかしおそらくこちらの態度と金で解決できるので、事前の準備が大事」
ということです。
第7章 最後に一番伝えたいこと
もし今回、予算があったとすれば僧侶にお任せしたかと聞かれたら、答えはやはりNOです。
というのも、戒名を考えることで故人の人生をあらためて振り返ることになったからです。
私なりに正彦さんの人生について思いを馳せ、気持ちを込めて選んだ言葉の理由を親族と共有したことは、なによりの供養になったように感じています。
そしてここまで戒名について思いを巡らすと、翻って自分のことについても考えずにはいられません。
亡くなった後も俗名のまま送られる人はいますが、私の場合、自分には戒名が必要だと思うようになりました。
私が人生で感じてきた苦しみも喜びも、生きている間の私のものです。
死を迎えたときには肉体を脱ぐように、生きている間の名前もこの世に置いて次の世界へと旅立ちたいと、今回戒名を考えることでリアルにイメージができたのです。
戒名とは、肉体を卒業した証しであり、一生を数文字に凝縮した最後の名札のようなものだと。
そして自分で自分の戒名を考えることは、「こう生きたい」という宣言でもあるように思ったのです。
みなさんは自分の一生を数文字で表すなら、どのような文字を選ぶでしょうか?
正式に決めなくても、仮に考えてみるだけで、自分が何を大切にしてきたのか、これからどう生きたいのかが見えてくるかもしれません。
戒名を考えることは、死について考えると同時に、これからの生き方も考えることだと思うようになりました。
ということで、初めての喪主体験はいろいろな経験を得ることができました。
自分らしく生き、死んでいくこと。そして大切な人を看取ること。
この文章が、その時の参考になれば幸いに思います。
エピローグ
このテキストを書くにあたり参考にした本があります。
「父の戒名をつけてみました」朝山実 中央公論新社 2013年
朝山氏もライターで、喪主になった経験をルポルタージュ風の物語にした本です。
タイトル通り父上の戒名を考えたところ、菩提寺ともめにもめまくった…という話で、私にとってびっくりするほどの既視感。もめただけでなく、それを世に出したところまで既視感がありました。ちなみに朝山氏も、私が読んだ島田裕巳さんの本を読んだことが背景にあるそうです。
朝山氏の場合、戒名料の半額は寺に支払ったそうです。この本の存在を知ったのは全ての法要が終わった後ですが、私の知りたかった情報が満載でした。「先に知っとけばよかった!」と思いましたよ…。ちなみにきょうだいと遺産でもめる生々しさは、読んでて苦しくなるほどでした。興味ある人はぜひ。

